Google+ 月イチ海外旅行プランナー: スロバキア
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2010-01-26

The Michael Wing, Vienna, Austria - 12th May, 2008

 

初ヨーロッパの旅で何が辛かったかというと、何度も何度もミネラルウォーターを買っても、立て続けに炭酸入りだったことです。

ブラチスラヴァ→ウィーンは列車で1時間くらいですが、ちょうど昼食の時間だったので、巨大ハンバーガーと1.5リットル相当のペットボトル入りの水を買 いました。

ある銘柄のミネラルウォーターは、水色ラベルと、ピンク色のラベルの、たしか二種類でした。最初プラハで「当然ガスなしは水色だろう(勘)」と信じて買っ たら、見事にバリバリ炭酸入りで憤死したので、今度こそということで、ピンク色の方を買いました。ノドも乾いていたので、1.5リットルのお買い上げでし た。

もちろん、今回は慎重でした。事前にボトルを振ってみたりとか(意味なし)、スロバキア語しか書いていない謎の文字列のラベルを解読しようと、けなげな努 力はしましたが、炭酸っぽい単語の気配すらわかりません。聞けばいいという話なんですが、ここは聞かずに引き当てたいという無駄な探究心がありました。

片方が炭酸なら、残りの一方は炭酸じゃあるまいと信じるのが人情というものです。にもかかわらず、残念なことに、ピンク色の方も、ザ・炭酸水でした。炭酸 水って、飲むとノドが物理的には潤うんですが、基本的にマズイ上、なんかノドの乾きが癒される気が全くしません。お腹も一杯になるため、たださえ巨大なハ ンバーガーが、より巨大に見えてきました。

ほぼ満タンで残る1.5リットルの炭酸水(激重い)を、無事到着したウィーンで引きずる思いで持ち運びつつ、この国にはガス抜きの水はないのか?と真剣に 探している自分がいました。その前に、ネクターみたいなジュースが発見され、そっちにありついたのですが。

そんなこんなでノド乾かせつつ歩いたウィーンの街は、プラハやブラチスラヴァと比べて広大な都市でした。ここウィーンで、ハプスブルグ家の栄光の時代を知 る上で、この王宮やシェーンブルン宮殿の威容は、さまざまな文化系を強権で支配した、繊細で迫力のあるハプスブルグ王国の姿を在り方を感じさせます。建 築、宗教、芸術、政治など多岐にわたる分野において、数百年も前から細やかにそれぞれに成熟している多様性は、ヨーロッパでは特に強く感じました。狭い地 域に、これだけの数の国家が存在するのも、肌身でわかる気がします。そう思うと、こういった地域を遍く支配したという事実が、一層大きく感じられます。

ミヒャエル門を背にして、馬車が闊歩する姿を見ると、彼らが現役であった、ハプスブルグ家全盛の往時に思いを馳せたくなります。

【Kohlmarkt 方面から Michaelerplatz を望む】

2010-01-10

Trinitarian Church, Bratislava, Slovakia - 11th May, 2008


スロバキアの首都、ブラチスラヴァには特に行きたい!と思う場所があったわけではなかったのですが、プラハからウィーンへ移動するのに、少し寄り道するだけで済むなら…と思って予定に組み入れました。観光できたのは、この日の午前中だけという慌ただしっぷりでした。

中欧で人気があるであろう、プラハやブタペストに比べると、街並みは小規模で、史跡に対する保護もそこまでは行き届いていない様子でした。それだけに観光客は少なく、観光客がそこかしこにいるような、観光地然とした雰囲気が全くなくて、こちらも目的地を慌てて周回する必要もなく、とてもリラックスして散歩できた街です。

その中で、一際印象的だったのが、トリニティ教会で行われていたミサでした。トラムが走る大通りを歩いていると、バロック様式のこぢんまりとした教会の鐘が、爽やかな初夏の朝の空気を伝って来ました。日曜の朝だったこともあり、人影も車も極めてまばらで、忘れたころにけたたましくトラムが走りすぎて行くくらいです。その時は、地元のガイドを持ち合わせておらず、教会の名前も何もわかりませんでしたが、鐘の音に誘われて入ったところ、ちょうど日曜日だったため、ミサに立ち会うことが出来ました。

中は驚くほどに涼しく、ミサ曲に耳を傾けながら涼んでいると、老婦が杖をつきながら階段を上って来て、敬虔な祈りを捧げます。その後、若い労働者のような青年も、一頻りの祈りを捧げて街に戻ります。スロバキアは国民の約70%がカトリックらしいですが、そういった営みが日曜の定刻に、淡々と繰り返されている姿は、18世紀に建てられた、見事なフラスコ画やインテリアと相俟って、本当に美しいものでした。このときの旅行では、数多くの教会を見ましたが、観光スポットとしてではなく、信仰が自然と生活に融け込んでいる姿を、唯一垣間見ることができて、心が安らぎました。

【Trinitarian Church でのミサ】